Madama Butterfly

月明かりで見たい艶姿


一日目は私が完全にさららんに堕ちた(笑)『なみだ橋えがお橋』でございます。

月船さらら初バウ単独主演作であるこの作品は5つの落語作品を元にしたもの。


星野屋の若旦那、徳三郎(月船)と遊女の十六夜(城咲)
50両の借金を抱え遊女の足抜けという天下の大罪を犯した二人は身投げしようとするも、
かわるがわる身投げ志願者の邪魔が入り中々死ぬに死ねない。
助けたり、助けられたり、50両を貰ったり、くれてやったり…
そんな人の情を知った二人はこれを使って「身投げ屋」として商売を始めようとするが…
二人は果たして身投げする事が出来るのか?


この作品はとにかく楽しくて、笑いっぱなしだったのを憶えてます。
でも最後は人の情にホロリときて。
谷先生の題材自体が良かったのもあるけど、やはり外せないのはさららんの努力。
この作品は本来、霧矢主演だったのが病気降板で2番手だったさららんが急遽主演になったもの。
当時まだ研8だったし、いくらバウワークショップ『春ふたたび』で主役をしたとは言え
すごいプレッシャーだったと思います。
芸達者な霧矢に求められていたハイレベルなものがさららんに求められたんだもの。
でもそのプレッシャーに押しつぶされる事無く、見事成し遂げたのは
強度の精神力とやはり努力のたまものだと思うのです。
舞台が開いて喉をつぶすというアクシデントがありました。
少し掠れて聞き取りづらかったのは確かだけど、そんな技術的な事より
「二度と声が出なくなってもやりきらなきゃ」という様な気持ちが痛いほど伝わってきて。
技術も大事だけどそれより勝るのは気持ち(ハート)なのだという事をこの作品で実感したのです。

それは他の生徒にも当てはまります。
『なみだ橋』は最下級生まで大活躍した作品でした。
この作品で初台詞、初歌という子も沢山いたはず。
もちろん初めから芝居上手な人なんていません(天才少女ではない限り)
でも何でこんなに調和がとれて感動した作品に感じたのか、それはやはり彼らの気持ちが
舞台に生きていたからだと思うのです。
下手でも良い、そこに気持ちがこもれば作品は必ずいいものになる。
そんな事をしみじみ思いました(思えば新人公演も似たものがあるかも)

色々な環境要因が重なったこの作品は今のさららんではもう出来ないとも思います。
新人公演の様な一瞬溢れる若手のパワーと似て、あの時の、あの状況だったからこそ出せた力。
それが徳三郎になって、あんなに見事な舞台を作り上げた。
月船さらら=徳三郎 と思ってしまう位なりきってた。否、徳三郎そのものでした。

個人的に嬉しいエピソードは谷先生が霧矢休演になった時点で台本を一から作り直してくれたという話。
同じ台本なら完全なる‘代役’ですが、谷先生はそれをせず月船主演の作品を作り上げた。
それ故に‘代役’という甘えは通用しなくなってよりハードルが上がったけど、
さららんはきっとそれも頑張ろうとする活力になった筈。
演出家の生徒への愛情を感じた作品でもありました。

また徳三郎という人物がとても(抜けてて)可愛らしいんだけど、粋でいなせで格好良い。
こういう人物になりたいものだとも思います。
甘え上手な所も他人の不幸をほってはおけない所も情にもろい所も全部好き。
宝塚の男役像(日本物)としては『川霧の橋』の幸次郎『若き日の歌は忘れじ』の文四郎
に匹敵するぐらい(それ以上?)大好きな役です。

そしてこの作品全体が私の生きる応援歌のような気がしてなりません。
大体辛くなったらこの作品見て泣き笑いして、そしたらすっきりします。
「泣いて渡ったこの橋も 明日は笑顔で笑うがさだめ」
「死ぬに死ねない一日がおわりゃ いつもと変わらぬ朝日が昇る 昇る朝日に恨みはないが
まんまるな笑顔が憎らしい 粋なもんだよ人生は 泣いて笑って笑って泣いて 
それが一生 それが一生 それで充分さ」
「ええじゃないかないか ええじゃないか 生きてるだけでええじゃないか」
ええ、本当にその通りだと。
この作品は、ネガティブな私を少しポジティブにしてくれるかけがえのない作品なのです。

2005.12.19